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ヘイワッシーの史跡シリーズ⑭頼山陽文徳殿

2021/04/30



みんな、久しぶりじゃのう。ヘイワッシーじゃよ。

久しぶりすぎて、このコーナーをみんなが忘れとらんか心配じゃよ。

広島に残っとる被爆建物とかを紹介する「史跡巡りシリーズ」。

第14回目は「頼山陽文徳殿」じゃ。

この建物は、1931年(昭和6年)に、頼山陽(らいさんよう)の没後100年祭を機会に建設された建物なんじゃ。頼山陽は江戸時代後期の歴史家で、著書「日本外史」が幕末維新期の尊皇攘夷運動などに大きな影響を与えたんじゃよ。ワシは物知りじゃろう。

西洋風の重厚な外壁と屋根に九輪がついている特徴的な建物じゃ。

太平洋戦争の戦局が悪化したため、空襲を想定して広島市役所の出先機関として「戸籍選挙課分室」が置かれ、戸籍の大部分をここに疎開させていたんじゃよ。

8月6日、爆心地から1.82キロメートルに位置していたこの建物は被爆し、爆風で窓や瓦が飛び、戸籍簿は散乱したが、幸いにも焼失は免れたんじゃ。じゃが、戸籍課の多くの職員が割れたガラスで負傷し、亡くなられた方もいたんじゃよ。

戦後は図書館や社会教育施設などとして利用され、現在は閉館しとる。

屋根の上の九輪は、爆風で楕円形に変形したまま保存されとって、今でも原爆の恐ろしさを伝えとるんじゃ。



玄関前にあるソメイヨシノは被爆樹木で、幹は爆心地方向に傾いとる。

玄関前に咲くソメイヨシノ



それでも毎年綺麗な花を咲かせる姿は、何度見ても勇気をもらうのう。

コロナ禍でなかなか遠出ができん中じゃと思うが、近くに行った際は散歩がてら一度立ち寄ってみんさいね。



頼山陽文徳殿

〒732-0817 広島市南区比治山町7-1