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シリーズ①9月8日「原水爆禁止宣言の日」-今年で60周年-

2017/07/21

シリーズ①9月8日「原水爆禁止宣言の日」-今年で60周年-


1957(昭和32)年のこの日、横浜・三ツ沢の競技場に5万人の青年が集って開催された「東日本体育大会」の席上、戸田第二代会長は、歴史的な「原水爆禁止宣言」を発表しました。

 

戸田会長はまず「諸君らに今後、遺訓すべき第一のものを、本日は発表いたします」と述べ

「今、世に騒がれている核実験、原水爆実験にたいする私の態度を、本日、はっきりと声明したい」

「私の今日の声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」

「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、いま世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」

「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」

「(この)思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信じるものであります」

と高らかに宣言しました。

 

この宣言を発表した当時、世界は冷戦の真っただ中で、大国が軍備拡大にしのぎを削り、原水爆は人類の未来に暗い影を落としていました。戸田会長による「原水爆禁止宣言」は、“核抑止論”に代表されるような、核兵器を正当化しようとする動きや考え方に対して、仏法の絶対平和主義に基づき、民衆の生存の権利を守るという立場から、核兵器の存在自体を「絶対悪」と断じ、その完全否定を宣言したものでした。

 


池田名誉会長は宣言がもつ意義について

「宣言の核心は、原水爆を使おうとする発想の背後に隠された『爪』、すなわち、人間のなかに巣くう“魔性の生命”に、鋭くメスを入れられたところにある」とつづっています。

 


1979(昭和54)年、「原水爆禁止宣言」を発表した横浜の地に、その平和思想をとどめるため、創価学会戸田平和記念館が設立されました。