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未来へつなぐヒロシマの心

概要

全国の被爆者の数は15万人を下回り、高齢化が進む今、その声を残すのは今しかできないと、被爆75年となる2020年、「被爆・戦争体験証言集」の発刊を目指し、青年部と高校生の代表による被爆・戦争体験の聞き取りを実施しました(1月~2月)。

人類史上初の原子爆弾が投下され、“75年は草木も生えない”と言われた広島は奇跡の復興を遂げ、平和を発信する使命の天地へと生まれ変わりました。
「同じ思いを二度と味わわせたくない」と語ってくださった証言を聞き取る取り組みは、被爆者や戦争体験者の方々が歩んできた75年の重みを改めて学び、高校生たちが「ヒロシマの心」を受け継ぐ貴重な機会となりました。

インタビュー

被爆2世として使命果たす
金子みさおさん

金子みさおさん

「被爆2世」という言葉を知ってますか?被爆者から生まれた子どもを指します。その後は3世、4世とつながっていくんです。

私は被爆2世です。母(節子さん、当時21歳)の被爆体験をお話しします。

75年前の8月6日8時15分――広島に原爆が投下されました。母は爆心地から約5キロ離れた府中町に住んでいました。「市内に大きな煙が上がっとる!」と大騒ぎに。陸軍兵舎にいる母の弟(恵さん)を捜すため、両親と入市しました。

市内は焼け野原。無残な遺体、水を求めて手を伸ばす人……。血だらけの男性は、狂ったように歌を歌っていました。その光景に、恐ろしさよりも悲しさが湧いたそうです。

母の弟は宇品の仮設テントで見つかりました。ガラスの破片が体中に突き刺さり、意識不明の状態で畳の上に横たわっていたそうです。家族で泣きながらガラス片を一つ一つ抜く。どんなに痛かったでしょうか。それでも、何とか一命を取り留めたそうです。

私は、終戦から3年後に誕生。「被爆2世」だとは、長年知りませんでした。でも、その影響でしょうか、1995年に大腸がんを発病。その後も卵巣がん、子宮体がん、甲状腺がん……。計7つのがんが見つかったのです。でも度重なる病に負けなかったのは、2011年に入会し、自分の使命を見い出せたおかげです。

5年前から「三原市原爆被害者之会」の中にある「被爆二世会」に所属し、学校や公民館で語り部を。また、被爆2世に県が年1回実施する無料健康診断を勧める活動をしています。

私は直接、原爆に遭っていません。でも、だからこそ、2世や3世がつながり、平和の願いを継ぐ責任があると思っています。

高校生の声

高校2年 女子

金子さんの話は、これまで私が知らなかったことばかり。思わず耳をふさぎたくなるほど残酷なものでした。金子さんは「諦めずに努力することが大切」と。私も日々の幸せを見つめ直し、平和の歩みを始めます。

高校2年 男子

被爆者の家族は、暗い半生を歩んできたイメージがありました。
でも、金子さんの話には、悲惨な過去を乗り越えようとする力強さを感じました。
原爆の恐ろしさを忘れず、自分たちの世代に広げたいです。

福山の街が火の海になった
柏原ツヤ子さん

柏原ツヤ子さん

福山が燃えた日――それは1945年8月8日。2日前に原爆が落ちても、戦争は終わってなかったんよ。

私は当時20歳。眼鏡と時計の修理職人だった夫と結婚し、福山駅近くの桜町(当時)に住んどってなぁ。

「いつ福山にも空襲が来るか分からん」――そんな不安の声が広がっていた8月8日午後10時25分ごろ、空襲警報が突然鳴ったんよ。

爆撃機B29が焼夷弾を降らし、わが家の瓦の屋根を突き破った。「カチン」と音がしたかと思うと、赤い火がボッと出て、見る見るうちに広がる。次は、「ドーン!」と大きな爆弾が裏庭に落ちた。

水でぬらした布団をかぶり、燃え盛る炎から必死で逃げたんよ。芦田川を渡り、草戸稲荷神社に行き着いた。振り返ると、福山の街は火の海。焼けていく街をじっと見つめることしかできんかった。その惨めさ、その悔しさといったら……。

家に帰る途中で、桑の実を見つけた。それが甘くて、おいしくてな。おなかがすいた私たちには、天の恵みじゃったわ。あの味は、忘れることができん。

家は跡形もない。だから手作りでこしらえたの。山で木を切り、焼けた瓦を拾い集め、ござを地面に敷いて……。そうして8月15日の終戦を迎えました。結局、福山空襲では街の約80%が燃えて、355人が亡くなった。

「欲しがりません。勝つまでは」と、皆が必死で生きたのに、戦争で全て失った。子どもや孫たちに、こんな思いをさせたくない。

終戦後、鞆町に引っ越して、時計店「三賞堂」を開業。59年2月に「幸せになれる信心がある」と聞き、夫と4人の子どもで入会したんよ。子や孫たちが次の平和を担う人材に成長してくれたことが一番の喜びです。

〝生きて、生きて、生き抜こう〟との池田先生の言葉を胸に、今年で95歳。今の私があるのは師匠のおかげ、同志のおかげなの。

今こそ、平和のありがたさを伝えたい。未来を生きるみんなに伝えられて良かった。

高校生の声

高校1年 男子

正直、ぼくは戦闘機や軍艦が好きな、いわゆる〝ミリオタ〟だ。でも現実の戦争は、ゲームやネットでは想像できないほど残酷だった。柏原さんが最後に握手をしてくれた。あの現実の温かさを忘れることはできない。
今はコンビニで何でも買えるし、焼夷弾が落ちてくることもない。
平和な広島に、学会員として生まれた。絶対に感謝しないと駄目だし、柏原さんの話を語り継いでいこうと思った。

高校1年 男子

昔話を聞いて意味があるのか――実はそう思っていた。でも、生活のつらさや空襲の恐怖など、体験した人にしか分からない〝心〟を知った。
柏原さんは、思い出したくない過去を僕に語ってくれた。だから、もう人ごとにはできない。
戦争は、絶対起こしちゃ駄目だ。僕にとって平和は、争いやいじめがなく、みんなが幸せに過ごせること。だから、自分から笑顔を見せて、周囲を幸せにしたい。

被爆・戦争体験証言集を発刊します

被爆75年となる2020年、高校生が聞き取りを行った被爆・戦争体験証言と、高校生の感想をまとめた一冊。原爆投下の実相や福山空襲について学べる内容も収録。当ウェブサイトのキャラクター「ヘイワン」や「ヘイワッシー」も登場し、中高生が手に取りやすい一書になっています。

編者:創価学会広島青年部
出版社:第三文明社