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平和運動のはじまり

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牧口初代会長第2次世界大戦中、国家神道によって宗教・思想の統制を図っていた軍部政府は、他の宗教を思想犯として厳しく監視するようになった。
創価学会の前身である「創価教育学会」もその標的となっていった。
しかし初代会長の牧口常三郎は、権力の弾圧に屈することなく対峙していく。1943年7月6日、牧口は訪問先の伊豆で、治安維持法違反・不敬罪の容疑で検挙され、同日、同会の理事長だった戸田城聖も東京で検挙。ともに逮捕・投獄される。牧口・戸田は、厳しい尋問にも屈せず、信念を貫く獄中闘争を続け、牧口は1944年11月18日、創価教育学会創立から14年後のその日、老衰と極度の栄養失調のため、拘置所内の病監で逝去。享年73歳だった。

空爆
peace movement 2
広島原爆ドーム

戸田第2代会長2年余の獄中生活を強いられた理事長の戸田は出獄後、ただ一人、亡き牧口の遺志を継ぎ、「創価教育学会」を「創価学会」と改称し再建、第2代会長に就任し、学会を飛躍的に発展させた。
1957年9月8日に、後の創価学会の平和運動の基調となる「原水爆禁止宣言」を発表。また東西冷戦が激化するなか、「地球民族主義」の理念を提唱し、「全人類が一つの地球民族であるとの自覚を持つべき」と主張し、世界平和を叫び続けた。
1958年4月2日、58歳で逝去。
原水爆禁止宣言抜粋文

「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。」
「われわれ世界の民衆は、生存の権利を持っております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
「(この)思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信じるものであります」 

(「原水爆禁止宣言」より抜粋)

広島原爆ドーム
peace movement 3

池田第3代会長 「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」
戸田第2代会長の後を継ぎ、創価学会第3代会長に就任した池田は、小説『人間革命』の冒頭にこう記した。
池田は国籍・民族を超えて世界の人々と語らい、友情を広げる対話行動を開始。
大歴史家・トインビー博士との対談(1972年)を皮切りに、世界各国の首脳・識者・文化人との本格的な対話を展開。中国の周恩来首相、ソ連のゴルバチョフ大統領ら首脳とは、「世界平和へ国家・民族を超えた友情の連帯」をめぐって対話。
また1983年以来、毎年、「SGIの日」である1月26日に記念提言を発表し、「環境国連」や「核廃絶のための特別総会」の開催など、世界の平和と地球の未来へ向けての具体的提案を行っている。

周恩来首相と池田第三代会長
peace movement 4
ピースフェスティバル

三代会長の「平和への魂」を受け継ぐ青年部は、これまで「反戦出版」「平和展示」「各種講演会」「署名運動」など、数々の平和運動に取り組んできました。また、広島・長崎・沖縄青年平和連絡協議会や学生部が取り組む「学生平和意識調査」なども着実に継続。

近年は、SOKAグルーバルアクションの一環として、全国・全世界の同志と共に、さまざまな平和運動を行っています。

広島では、1975年から10年ごとの節目で、三代会長の平和闘争を継承する「ピースフェスティバル」を開催してきました。被爆70年の2015年7月には第2回「世界青年平和音楽祭」、8月には、池田SGI会長が提言した「核兵器廃絶のための世界青年サミット」が広島で開催されました。「核兵器廃絶」「世界平和」の実現に向けて、草の根レベルでの「対話」を基軸に、悲惨の二字をなくすべく、全国・全世界へ平和の連帯を広げ続けます。