ACTIVITY活動内容

ホーム活動内容平和のための広島学講座広島学講座バックナンバー

過去に開催された広島学講座

No. 日付 肩書(当時) 講師 テーマ
第181回 2018年11月 平和のためのヒロシマ通訳者グループ 代表 小倉桂子 世界の人びととつながる心
第180回 2018年10月 広島大学宇宙科学センター長 川端弘治 広島から挑むマルチメッセンジャー天文学
第178回 2018年8月 駐日コスタリカ共和国特命全権大使 ラウラ・エスキベル・モラ 土台としての平和
第177回 2018年3月 アメリカ・バージニア工科大学 教授 ジム・ガリソン 池田SGI会長の新たな人間主義と平和思想ー私の所感
第176回 2018年1月 SGI平和運動総局長 寺崎広嗣 核兵器廃絶へ SGIが広げる平和の連帯
第175回 2017年10月 歴史研究家 森重昭 被爆死した米兵を通して平和を考える
第174回 2017年8月 NPO法人「HPS国際ボランティア」理事長 佐藤廣枝 被爆者の心を世界へ ~祈る平和から創る平和へ~
第173回 2017年4月 広島平和記念資料館・元館長 原田浩 ヒロシマの願いを世界へ
第172回 2017年2月 国連訓練調査研究所(ユニタール)広島事務所 所長 隈元美穂子 平和拠点・ヒロシマの持つ使命~平和のための人材育成~
第171回 2017年2月 広島テレビ放送 代表取締役社長 三山秀昭 トランプ時代の平和の行方
第170回 2016年12月 ジャグラン・レイクシティ大学 副総長 アヌープ・スワループ ノンキリング(不殺生)の選択を
第169回 2016年10月 デンバー大学 教授 ベッド・P・ナンダ 世界から見た ヒロシマの使命
第168回 2016年7月 「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表 森瀧春子 核と人類は共存できない
第167回 2016年1月 NPO「杉原千畝命のビザ」理事 杉原美智 「命こそ大切」の心を未来へ~杉原千畝の生涯に学ぶ~
第166回 2015年8月 国連事務総長青少年問題特使 アフマド・アレンダヴィ
第165回 2015年8月 広島大学名誉教授 北川健次 ヒロシマからアジアシマ オイロシマ・ワールドディシマへ
第164回 2015年8月 長崎県被爆者手帳友の会 浦邊弘子 被爆者が今、できること
第163回 2015年6月 広島原爆被爆者者援護事業団理事長 鎌田七男 人体影響から見た原爆の非人道性
第162回 2015年5月 広島平和文化センター理事長 小溝泰義 ―被爆70周年に誓う―自己を広げつつ私は常に前に進む。自他ともに輝く平和な未来を築くため!
第161回 2015年2月 広島平和研究所所長、広島市立大学教授 吉川元 平和とは何か ~だれのための平和、友好、そして援助なのか~
第160回 2014年8月 日本被団協全国理事、広島県被団協副理事長 廣中正樹 広島原爆 5歳10ヶ月の体験 父子の別れ
第159回 2014年8月 日本被団協代表理事、広島県被団協副理事長 箕牧智之 今、伝えたい 平和の心
第158回 2014年3月 コスタリカ共和国元大統領、ノーベル平和賞受賞者 アリアス・サンチェス 希望と生の価値のために
第157回 2014年3月 広島市長 松井一實 「守り、広め、伝える」平和への思い
第156回 2014年1月 財団法人広島平和文化センター被爆体験証言者 岡田恵美子 被爆の真実と私のグローバルアクション ~子どもたちの笑顔のために~
第155回 2013年5月 駐日ペルー共和国大使館特命全権大使 エラルド・エスカラ 核拡散防止と世界平和に向けたペルーの貢献
第154回 2013年3月 米マサチューセッツ大学ボストン校学事長 ウィンストン・ラングリー 広島から平和を考える
第153回 2012年9月 国際通信社IPS(インタープレスサービス)名誉会長 ロベルト・サビオ 核兵器なき世界へ――地球市民として私たちにできること
第152回 2012年8月 モアハウス大学キング国際チャペル所長 ローレンス・カーター キング博士の非暴力――平和への確かな希望
第151回 2012年8月 福山市日中友好協会会長 佐藤明久 福山発――日中和平への行動
第150回 2012年8月 駐広島大韓民国総領事館総領事 辛亨根 韓日中の友好で築くアジアの平和
第149回 2012年7月 前国連軍縮担当上級代表 セルジオ・ドゥアルテ 核兵器廃絶へ――広島の使命と青年の役割
第148回 2012年7月 爆心地復元映像製作委員会代表 田邊雅章 いま伝えたい真実の叫び!
第147回 2012年3月 戸田記念国際平和研究所総合所長 ケビン・クレメンツ Yes We Can! 2015年までに核廃絶はできる!――「核なき世界」実現への道
第146回 2011年12月 駐日ロシア大使館特命全権大使 ミハイル・ベールィ 戦争と安全への脅威のない世界
第145回 2011年7月 日本原水爆被害者団体協議会代表委員、広島県被団協理事長 坪井直 被爆体験から核兵器廃絶へ――ヒロシマに生きる青年の使命
第144回 2011年7月 駐日ウクライナ大使館特命全権大使 ミコラ・クリニチ チェルノブイリ原発事故から25年――挑戦と応戦で乗り越えたウクライナ
第143回 2010年11月 北アイルランド・平和活動家、ノーベル平和賞受賞者 マイレッド・コリガン=マグワイア 暴力のない世界をめざして
第142回 2010年11月 パグウォッシュ会議会長 ジャヤンタ・ダナパラ 核廃絶と持続可能な未来
第141回 2010年11月 元南アフリカ大統領、ノーベル平和賞受賞者 フレデリック・デクラーク 核兵器廃絶と南アフリカ
第140回 2010年10月 マレーシア・国立マラヤ大学/同 モハマド・レズアン博士/蘇慶華博士 イスラムの観点から見る平和
第139回 2010年9月 IPS<インタープレスサービス>欧州総局長 ラメシュ・ジャウラ サダコとの出会い―― 一ジャーナリストの省察
第138回 2010年8月 平和学の父、NGOトランセンド代表 ヨハン・ガルトゥング博士 核兵器廃絶と宗教の役割
第137回 2010年3月 被爆体験の語り部 沼田鈴子 ヒロシマの心を語りたい ~世界平和のために~
第136回 2010年2月 広島県医師会会長、IPPNW日本支部長 碓井静照 核兵器のない世界へ IPPNWの挑戦
第135回 2010年1月 駐日カザフスタン共和国大使館特命全権大使 カマルディノフ・アクルベク カザフスタンの核兵器不拡散・軍縮による世界平和への貢献
第134回 2009年3月 駐日モンゴル国大使館特命全権大使 レンツェンドー・ジグジッド モンゴルの平和的外交~モ・日関係の展望~
第133回 2009年3月 韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長 豊永恵三郎 未来を生きる人たちへ伝えたい――「在外被爆者を支援して」
第132回 2008年11月 キエフ市立小児伝染病院 ブヤーロ・ヴィクトル医師 チェルノブイリ原発事故から22年 ウクライナのヒバクシャは今 小児科医療の現場から
第131回 2008年9月 島根県立大学名誉教授 横田禎昭 世界平和を考える 現代文明の危機
第130回 2008年9月 広島大学教授 佐藤利行 日中友好のために 大学の果たす役割
第129回 2008年9月 福山大学経済学部長 大久保勲 日中提言の歴史的意義
第128回 2008年8月 駐日コスタリカ共和国大使館特命全権大使 マリオ・フェルナンデス大使 平和の国 コスタリカ
第127回 2008年8月 広島音楽高等学校講師 長野文憲 ギターで紡ぐ、平和への調べ
第126回 2008年6月 広島大学講師 袁葉 私の愛する日本
第125回 2008年5月 駐日ロシア大使館公使 ミハイル・Y・ガルージン 露日外交と未来への展望
第124回 2008年4月 広島平和文化センター理事長 スティーブン・リーパー 世界平和のうねりと日本の使命
第123回 2008年2月 メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン事務局長 大野寿子 希望の力が未来を開く
第122回 2007年8月 カナダ・オムニテレビ・アソシエート・プロデューサー ユキ・ナカムラ 一人一人の責任ある行動が平和な世界を築く
第121回 2006年11月 短歌と評論誌「火幻」主宰/浪曲師 豊田清史/三原佐知子 はばたけ千羽鶴-原爆の子・サダコの願いを世界へ
第120回 2006年9月 駐日ベネズエラ大使館 セイコウ・イシカワ大使 平和への一考察
第119回 2006年8月 広島市立大学前学長 藤本黎時 戦中派の平和論
第118回 2006年7月 広島平和文化センター理事長 齊藤忠臣 民主主義と平和-広島の使命を考える
第117回 2006年6月 広島市立大学助教授 井上泰浩 人権侵害の境界線を越える取材―ジャーナリズム教育の欠如とマスコミ体質
第116回 2005年12月 広島平和記念資料館館長 畑口實 被爆の実相と「ヒロシマの願い」
第115回 2005年7月 パグウォッシュ会議会長、ノーベル平和賞受賞者 M・S・スワミナサン 原爆投下60年-人間の安全保障の現状
第114回 2005年6月 国際日本文化研究センター名誉教授 山折哲雄 世界平和へ 今こそ対話力の時代 -‘文明の衝突’を越えて-
第113回 2005年5月 AMDAグループ代表代行 的野秀利 国際人道援助活動の現場から
第112回 2005年4月 韓国済州大学前総長 趙文富 韓日国交正常化470周年 韓日友情年記念 「人間と文化の 虹の架け橋」
第111回 2005年3月 中国・地域づくり交流会会長・前広島市長 平岡敬 「ヒロシマ発 アジアへ」
第110回 2005年2月 駐日本ウクライナ特別全権大使 ユリー・コステンコ 「ヒロシマの使命 被爆60年を迎えて」
第109回 2005年1月 SGIロシア語公認通訳 斎藤ベンツえく子 1・26 SGIの日30周年・広島原点の日記念 『他者への理解の眼』
第108回 2004年12月 広島大学名誉教授 小林文男 『周恩来・池田会見』30周年記念講演 『創価学会と中国』-被爆60年にあたり日本の将来を考える-」
第107回 2004年11月 中川美術館館長 中川健造 中国文化に学ぶ平和のこころ
第106回 2004年10月 核時代平和財団所長 ディビッド・クリーガー 被爆60周年へ広島への使命―ラッセル・アインシュタイン宣言の人間性回復への挑戦
第105回 2004年8月 語り部 松浦悦子さん あなたも平和のクリエーター
第104回 2004年2月 富山大学教授 佐藤幸男 人道支援と国際協力
第103回 2003年7月 広島大学名誉教授、中国・復旦大学客員教授 小林文男 周恩来とその時代――"池田提言"の歴史的意義
第102回 2002年11月 核時代平和財団所長 ディビッド・クリーガー 希望の選択
第101回 2002年10月 東洋哲学研究所研究員 栗原淑江 平和の文化と女性
第100回 2002年8月 インド・デリー大学教授 カマラ・パンダ 世界平和に向けて~ガンジーと池田先生~
第99回 2002年8月 広島大学教授 坂本国望 生命の『かたち』を科学する
第98回 2002年8月 広島のこころ29年会代表 山下義宣 広島のこころ-29年と私たちの取り組み
第97回 2002年4月 広島大学総合科学部教授 成定薫 ポーリングの生涯~科学研究と平和行動~
第96回 2002年3月 広島大学教育学部教授 二宮皓 地球市民とヒロシマ
第95回 2002年2月 広島大学総合科学部助教授 吉村慎太郎 知られざるイスラームの諸相-現代世界と異文化理解-
第94回 2001年8月 (財)放射線影響研究所主任研究員 ジョン・コローン 被爆二世における遺伝的影響-これまでの調査結果をふまえて-
第93回 2000年9月 アフリカ・ケニア作家協会 インダンガシ アフリカ文学の特徴と役割
第92回 1999年11月 ウクライナ最高会議事務局代表顧問 ウサテンコ・ウラジミール・イワノービッチ チェルノブイリ災害とその後――生命と環境を守りたい――
第91回 1999年11月 ハーバード大学名誉教授 ジョン・D・モンゴメリー 21世紀へ ヒロシマの使命
第90回 1999年11月 愛媛大学教授 村尾行一 創価学会と私
第89回 1999年8月 国連協会世界連盟会長 ハシム・アブドゥル・ハリム ヒロシマと人権、そして平和
第88回 1999年4月 河野義行 松本サリン事件の教訓・あなたも冤罪(えんざい)の加担者
第87回 1998年12月 ジャーナリスト 山口正紀 報道の人権侵害を考える――新聞の社会面に描かれる女性像
第86回 1998年8月 大垣女子短期大学教授 村瀬睦 海の国・日本の鎖国と開国
第85回 1998年7月 児童文学作家 那須正幹 ズッコケ三人組と私
第84回 1998年4月 中国新聞記者 福本秀明 創価学会の青年部に期待する
第83回 1997年11月 中国作家協会会員 孫立川 池田・金庸対談「旭日の世紀を求めて」をめぐって
第82回 1997年9月 広島修道大学教授 吉川元 ヨーロッパ安全保障協力会議とアジアの平和(スチューデント・フェスタ・ヒロシマ97)
第81回 1997年8月 元原爆資料館館長 高橋昭博 ヒロシマいのちの伝言
第80回 1997年7月 武市クリニック院長 武市宣雄 チェルノブイリ周辺地域の小児甲状腺疾患
第79回 1997年7月 同志社大学教授 渡辺武達 市民主権のメディア改革--正しい情報の選び方(女性平和人権講座)
第78回 1997年7月 同志社大学教授 渡辺武達 週刊誌メディアによる人権侵害--情報操作された真実(女性平和人権講座)
第77回 1997年6月 広島大学学長 原田康夫 生涯青春 生涯学習(婦人ルネサンス講座)
第76回 1997年4月 中国新聞社記者 岩崎誠 科学文明と毒ガス
第75回 1997年4月 同志社大学教授 浅野健一 人権とマスコミ報道-メディア責任制度の確立を-
第74回 1997年3月 広島市平和推進室長 増田学 広島市の平和への取り組み
第73回 1997年2月 ヒロシマの心を伝える会代表 松原美代子 私の旅はまだまだ終わらない(1.26SGIの日記念)
第72回 1996年11月 元徳島大学教授 小野修 不登校・いじめ問題における教師と学校の問題(人間教育講座)
第71回 1996年9月 広島大学平和科学研究センター客員研究員 熊田重克 民主主義と人権の確立(9・8原水爆禁止宣言ピース・スクエア)
第70回 1996年8月 デソーザ・国連大学学長 グリグリーノ 女性と21世紀を考える-女性の未来への挑戦(第77回婦人平和講座)
第69回 1996年8月 ヒロシマを語る会 朱碩 ヒロシマの語り部として(第24回広島青年平和集会)
第68回 1996年8月 竜谷大学教授 金勲東 ヒロシマの世界化への一条件
第67回 1996年7月 広島銀行頭取 宇田誠 職場で期待される人間像(21世紀ルネサンス講座)
第66回 1996年7月 沖縄県公文書館館長 宮城悦二郎 沖縄基地問題を考える(沖縄からのメッセージ展開催記念)
第65回 1996年7月 広島大学教育学部助教授 町博光 琉球方言の魅力(沖縄からのメッセージ展開催記念)
第64回 1996年7月 沖縄大学前学長 佐久川政一 沖縄から日本の平和と人権を考える(テレジンの幼い画家たち展開催記念)
第63回 1996年3月 エッセイスト 野村路子 1万5千人のアンネ・フランク(テレジンの幼い画家たち展開催記念)
第62回 1995年12月 中国新聞報道部長 安東善博 戦後50年のヒロシマ報道を総括して
第61回 1995年9月 中国新聞報道部記者 田城明 核時代 昨日 今日 明日(原水爆禁止宣言を世界へ展開催記念)
第60回 1995年8月 精神科医 高山直子 恒久平和へ~女性が担うべき役割(我が家の100年史展開催記念)
第59回 1995年8月 広島大学総合科学部助教授 安野正明 ホロコーストと現代(アンネ・フランクとホロコースト展開催記念)
第58回 1995年8月 広島大学名誉教授 伊東亮三 平和教育の現状と課題(平和と教育を考えるシンポジウム)
第57回 1996年8月 フリージャーナリスト 吉村元佑 戦後50年と創価学会の平和運動
第56回 1995年7月 パグウォッシュ会議会長(ノーベル平和賞) ジョセフ・ロートブラット 核兵器のない21世紀を目指して(ヒロシマ50年記念特別講演会)
第55回 1995年7月 軍縮問題専門家 ウィリアム・エプスタイン 核兵器のない21世紀を目指して(ヒロシマ50年記念特別講演会)
第54回 1995年7月 IPPNW理事長 ラクラン・フォロー 核兵器のない21世紀を目指して(ヒロシマ50年記念特別講演会)
第53回 1995年6月 大久野島毒ガス資料館館長 村上初一 加害者としての日本、そしてヒロシマ
第52回 1995年6月 郷土史家 細田卓雄 呉空襲と私の体験
第51回 1995年6月 ヒロシマを語る会代表 原広司 被爆50年と今日の平和について考える
第50回 1995年5月 ケニヤ共和国駐日大使 ステファン・カパイ・オレレケン SGIの平和・教育・文化運動について
第49回 1995年1月 中国新聞社報道部長 安東善博 ヒロシマ50年の課題とマスコミ報道
第48回 1995年1月 広島女性史研究会代表 北西英子 女性と21世紀を考える(わたしたち地球ファミリー展開催記念)
第47回 1994年10月 広島大学教育学部教授 三好信浩 広島における高等教育の光と影
第46回 1994年8月 広島大学総合科学部助教授 水島朝穂 日清戦争100年、国連憲章50年、そして日本国憲法50年 ~ヒロシマからの視点広島の教育 光と影~(アジアの平和とヒロシマ展開催記念)
第45回 1994年8月 岡山県立大学短期大学部助教授 石井均 日本軍政下における南方占領地の教育政策(アジアの平和とヒロシマ展開催記念)
第44回 1994年6月 広島商工会議所会頭 橋口収 21世紀と広島(21世紀ルネサンス講座)
第43回 1994年5月 ジャーナリスト 岡庭昇 メディア支配を越えて-反創価学会報道の本質パート・(人権講座)
第42回 1994年2月 (株)福屋代表取締役社長 大下龍介 物の考え方あれこれ(21世紀ルネサンス講座)
第41回 1993年11月 福山市立女子短期大学教授 鈴木雅子 食事が子どもを変える(第68回婦人平和講座)
第40回 1993年10月 カティワダ・ディリー 我が祖国・ネパールへの帰国を前にして
第39回 1993年8月 広島大学総合科学部教授 小林文男 アジアから見た日本・ヒロシマ(第21回広島青年平和集会)
第38回 1993年6月 教育評論家 村田栄一 ベンポスタ子ども共和国を通して教育を考える
第37回 1993年5月 交流を進める会代表 牛尾美保子 強制連行された中国人被爆者
第36回 1993年3月 広島大学教育学部助教授 二宮皓 地球新時代に生きる子ども像(人間教育講座)
第35回 1992年7月 龍谷大学法学部教授 金東勲 国際平和を考える-人権尊重の視点から(「韓国から見た日本・ヒロシマ」展開催記念)
第34回 1992年6月 広島大学総合科学部助教授 森利一 カンボジアの歴史
第33回 1992年5月 中国新聞報道部記者 佐田尾信作 移民-旧満州編-を取材して
第32回 1992年3月 朝日新聞広島支局記者 三浦宏 広島とアジア、アジアと広島-きのう、きょう、あす
第31回 1992年3月 広島大学教育学部教授 森楙 子どもが育つおもちゃとは何か
第30回 1991年12月 宇部短期大学講師 横藤田誠 アジア太平洋戦争開戦50年--戦争と人権について考える
第29回 1991年10月 NHK広島放送局ディレクター 根本佳則 「チェルノブイリ小児病棟--5年目の報告」を制作して
第28回 1991年9月 広島大学平和科学研究センター講師 佐藤幸男 南太平洋の非核と自立
第27回 1991年7月 広島大学総合科学部講師 吉村慎太郎 湾岸戦争を考える
第26回 1991年7月 広島大学総合科学部助教授 吉川元 全欧安保協力会議と国際平和
第25回 1991年7月 中国新聞社報道部記者 籔井和夫 「世界のヒバクシャ」を取材して
第24回 1990年11月 児童文学作家 那須正幹 子どもの本の喜び
第23回 1990年11月 鈴木三重吉「赤い鳥」の会理事長 田辺真民 鈴木三重吉と赤い鳥
第22回 1990年11月 広島女子大学講師 日置光久 現実とファンタジーの<あいだ>-童話にみる表現とストーリー-
第21回 1990年11月 児童文学作家 吉本直志郎 体験的こぼれ話
第20回 1990年10月 広島テレビ報道部記者 徳永博充 「核汚染の原野ソ連核実験場セミパラチンスクは今」を制作して
第19回 1990年9月 NHK広島放送局ディレクター 室山哲也 「汚染地帯に何が起きているか、チェルノブイリ事故から4年」を制作して
第18回 1990年4月 広島大学教育学部助教授 町博光 今、広島弁がおもしろい<下>
第17回 1990年6月 フリージャーナリスト 土井敏邦 南インドレポート-社会活動家フェリックスの夢
第16回 1990年5月 広島修道大学法学部教授 谷川榮彦 ベトナム戦争概説<下>
第15回 1990年4月 九州国際大学教授 城忠彰 ベトナム戦争の現代的意義-国際法の立場から
第14回 1990年4月 広島大学総合科学部講師 山尾政博 アセアンからみたベトナム戦争-タイを中心にして
第13回 1990年4月 広島大学総合科学部助教授 中逵啓示 アメリカとベトナム戦争
第12回 1990年4月 広島大学総合科学部助教授 森利一 ベトナム戦争の歴史2
第11回 1990年4月 広島大学総合科学部助教授 森利一 ベトナム戦争の歴史1
第10回 1990年4月 広島修道大学法学部教授 谷川榮彦 ベトナム戦争概説<上>
第9回 1990年4月 広島大学法学部教授 阪本昌成 ベトナム戦争はアメリカ社会をどう変えたか
第8回 1990年3月 毎日新聞広島支局記者 小松健一 ヒロシマを取材して
第7回 1989年12月 広島大学教育学部助教授 町博光 今、広島弁がおもしろい<上>
第6回 1989年12月 広島大学文学部助教授 岸田裕之 戦国時代の領主連合
第5回 1989年9月 広島ユネスコ協会会長 河村盛明 ひろしま文学紀行
第4回 1989年6月 比治山女子短期大学助教授 宇野憲治 竹西寛子の「管弦祭」を読む
第3回 1989年4月 広島女性史研究会代表 北西英子 ヒロシマの女たち
第2回 1989年3月 中国新聞社論説主幹 大牟田稔 平和のための広島学
第1回 1989年2月 広島県民俗学会常任理事 神田三亀男 途上採集からみた広島学

青年平和文化講座(1973年~1988年)

日付 肩書(当時) 講師 テーマ
1973年 8月 外科医 原田東岷 ヒロシマの外科医として
1974年 4月 創価大学教授 伊藤満 人権と平和
1976年 8月 中国新聞論説副主幹 熊田重克 現代における核の状況
1976年 8月 広島大学教授 丸山益輝 広島の青年の役割
1980年 3月 広島女子大学学長 今堀誠二 私にとってのヒロシマ
1980年 4月 広島大学教授 畑博行 日本と平和主義
1980年 7月 原爆資料館館長 高橋昭博 私の被爆体験と広島の心
1982年 3月 中国新聞論説主幹 熊田重克 広島と沖縄を結ぶ想像力
1983年 2月 広島電機大学付属高校教諭 豊永恵三郎 朝鮮・韓国人被爆者と私達
1983年 8月 歌人 深川宗俊 朝鮮・韓国の被爆者
1983年 10月 元日本学術会議会長 伏見康治 地平から平和の巨塔を
1984年 4月 広島修道大学教授 日隈健壬 21世紀の広島が見える
1984年 8月 広島大学教授 北西允 反核・平和運動の状況と展望
1985年 3月 山口放送テレビ制作部次長 磯野恭子 生命(いのち)の鼓動を伝えて
1985年 4月 広島大学教授 山田浩 これからの平和問題と私達
1986年 3月 広島大学教授 片岡徳雄 いま、教育の原点を考える
1987年 6月 原爆資料館館長 川本義隆 世界のヒロシマ 使命と責任
1987年 9月 児童文学作家 大野允子 あなたへのメッセージ
1987年 11月 広島修道大学客員教授 秋葉忠利 ヒロシマの心と広島に住む若者の役割
1988年 2月 HIP代表 小倉桂子 一人の力が平和の万波に
1988年 5月 広島大学助教授 二宮皓 世界のなかのヒロシマ
1988年 9月 岡山大学教授 目瀬守男 地域活性化と青年の役割